https://yuimakko.hatenablog.com/

ココロがすこし楽になる。

今日のシアワセは自分のココロが決める。ココロ研究家 ゆいのつぶやき。

断捨離ことはじめ。

やっぱり。

モノを捨てる。

 

それがいろんなことを

解決するってこと、ありますね。

 

本当になにごとも

いま自分に必要なものは

必ず目に入るように

耳に入るようになってるもんで

なにごとも偶然はないって

本当にそうだなぁ

と思います。

 

人間が生きていることすら不思議で

どこから来てどこに行くのか

実はまだ全然解明されていなくて

そう思うと

不思議なことってあって当然。あったりまえで

ひとにもものにも波動があるんだよ、

とか

偶然はなくて必然しかないよ

とか

それも、また真実なり。

と思います。

 

だから。

ここのところずうっと気になっていた

家の片づけ。

子どもが大きくなるにしたがって

増えるモノ・モノ・モノ・・・

家がえらいことになってしまって

毎日それが気になってしょうがない。

断捨離の本も読みテレビも見て講演会も行って

ときめくこんまりももちろん読んで(笑)

「頭で」は片づけの断捨離の極意も

よくよくわかっている状態でも

やっぱり「実践」できなくて。

 

でも、やらなあかんねや、

と思えることが

すごくありました。

 

まずは、友達から聞いた

ご病気になられたお父様のこと。

身体もだんだん不自由になるから

布団でなくてベッドで寝たほうがいいと思うけれど

もうベッドを入れる余地がない。

何十年も前に買ったマンション、

子どもたち3人がそこで育ち成人し

そしてひとりずつ独立して

夫婦2人が残ったのに

結局モノだけが堆積し続けて

あふれかえっている。

そんななかに、ベッドを入れる余地がない。

だから

起き上がるのも大変だけどいまだに布団で寝ているのだと。

 

よく言われる

誰にとってもハードルの高い問題

「実家の片づけ」

 

それは結局

未来の私たちの家であり

 

いま、やらんといつすんねん!

ってことなのでしょうね。

 

てな話を聞いた次の日に

今度は独り暮らしのお父様が亡くなった友達から

その家の片づけについて聞く。

 

お父様ひとりで暮らしていたら

家はゴミ屋敷のようになっていて

そこに堆積するモノを

業者に頼んで処分していくよりも

古くなった家ごと解体してすべてを処分するのだとか。

なんとそのほうが手間もかからず

そしてそのほうが安いんだとか。

 

まじですか。

モノを家ごと捨てるっていう

その解決法。

 

でも、きっと私だったとしてもそうする。

だって亡くなったひとのもののことは

残された者たちにはわからず

結局は自分たちの生活もあるので

全部捨てることになる。

我々の人生も有限だから

残してしまうと

それこそ子どもたちへの負の遺産ともなりえる。

 

そうか~そうなのね。

 

これを立て続けに聞いて

 

ああ、やっぱり

私はまだアラフィフで元気で

今のうちに

モノを減らして

自分の管理できる量だけにして

すっきりさせないとなって

それをやることで

本当に必要なものはなにかが見えてきたり

自分が本当にやりたいことはなにか

残された人生の中でやるべきことはなにか

大事なひとは

大事なものは

何なのか

が見えてくるのかもしれないなって。

 

そんないろんなことが見えてくることも

頭でわかっているのに

 

やらんのですよねぇ。

 

でもこれは、

なにかしらやっぱり

私が目にすべき

耳にすべき

情報だったのかもしれないなぁと思える。

 

やっぱりいまやらんとあかんのでしょう。

 

断捨離。

いよいよ手をつけようかと思っています。

 

片づけができないのでなく

モノを捨てられないのでなく

片づけを「してない」だけ

モノを「捨てていない」だけ。

 

まずは引き出しひとつから、で。

 

いよいよ満を持して

断捨離を始めようと思います。

 

そう。あなたも。

これを読んだイマがチャンスです。

一緒に、その向こうになにがあるかを

見に行きませんか。