https://yuimakko.hatenablog.com/

ココロがすこし楽になる。

今日のシアワセは自分のココロが決める。ココロ研究家 ゆいのつぶやき。

子育ては思いどおりにいかないことばかり。

子どもが小さいころは、

毎日の生活がとっても大変で

ああ、しんど、という日々だったように思い出しますが、

子どもが大きくなると、

いまとなっては

あのころが本当によかったな~

と、思ったりします。

 

子どもが育つと、

そのときどきの悩みが変わる、

と言いますが、

まさに。

 

本当にそうだな~

と思います。

 

私には息子と娘がいますが

とくに息子。

いろいろな問題があって

ずっと心配してきたな~

と、思い出します。

 

本当におとなしくて

特に何の問題もない(ようにみえる)子たちが大半で

そんなお子さんたちを見ると

いったい自分の何が悪かったのだろう、

と、いつも悩んでいたように思います。

 

基本的に楽観的なので

そうやって悩んでも

子どもの笑顔を見ると

いや~もうカワイイ!

どうあれ、この子はええ子やん!

大丈夫!

なんて思ったり

 

本当に親って揺れ動くなぁ~

と思ったもんですが、

 

でもやっぱり

成人する子どもの子育てを振り返って思うのは

 

子育ては

本当に

思うようにいかない、

いい意味でも悪い意味でも。

 

 

と、思います。

 

思うように・・・

親の思うようにいったとしたら

それはそれで

親の価値観を子どもがくみとって

親の気持ちに沿う生き方をしている、

ともいえるわけで

 

そう思うと、

親の思うようにいかない行動をする子ども、

あたりまえなのかなぁ、

とも思います。

 

これまで、勉強をして学校に入ったり

仕事をしてある程度評価されたり

 

自分の努力で

自分の思うことが達成されたり

そういう人生を送ってきたけれど

 

子どもというのは

ひとりの「人間」であり

そりゃもう「自分とは別人格」なのですから

自分が努力をして

想定する結果とならないのは

あったりまえのことなのに

 

これまでの人生から

自分の想定の範囲内

子どもが成長する、

と思い込んでしまう部分が親にはあって

 

だからこそ、

想定の範囲を超えることがあると

おろおろしたり

心配したり

不安になったり

もうどうしていいのか路頭に迷ってしまう。

 

親も人間、

親も初心者マーク、

そりゃもうしゃーないことなのかもしれません。

 

でもやっぱり

子どもが小さいうちは

ある程度親の言うことを聞いたりする部分もあるので

できるだけ指揮をとって

導こうとしてしまう。

導こうとするのに

また全然違う方向にいく子どもをみて

悩み怒り悲しみ・・・

 

どうすればいいのだろうと

いろんな本を読んでみたり

ブログを読んでみたり

はたまた勉強してみたりと・・

 

親はほんとうにがんばりやさんだなと

書き出してて思います。

 

でもね結局、

 

子どもは

親とは違う

別人格の

ひとりの人間である。

 

 

という原則を

ほんとうの意味で理解したら

ああ、それもありか、

自分が絶対にタブーとしているそんなこともありか、

そういう考え方も

そういう行動もありか、

 

 

と、思えるようになったりします。

 

もちろん親も神様じゃないので

それがぶれないわけでなく

やっぱり揺り戻しもあったり

揺れ動きながら、ということなのですが、ね。

 

私もこれまで

いや今ですら

親として悩みつつですが

これまでの子育てを

少しずつつづっていきたいと思います。

 

 

50歳になって不安になること。

50歳になってから

なんだか落ち込んだり焦ったり

ちょっと気持ちがあがらない日が多くなった気がします。

 

30代のときや40代のときは

全然感じなかったのに

「50歳」という歳と

60歳になって定年を迎えて嘱託として働くようになった上司や

60歳で会社を辞めていく上司や

50代で早期退職する上司や

そんなひとたちが見えるようになって

 

ああ、私も先がそんなに長くはないのだ、

と実感するようになったから、

というのが大きな原因な気がします。

 

毎日働いて

毎月当たり前みたいにお給料が入ってきて

やりたいことやろう~!

って心理学やイメトレを学びに行って

歌を習いに行って

気が向いたら行きたいなと思うところに行ってみたり

 

好きに生きていたけれど

 

このままでいいのか?

いつまでこんなきままに生活できるのか?

60歳になったらどうするのか?

65歳になったら?

1日のほとんどを会社で過ごしているけれど

あと10年15年、この会社でずっと過ごすのか?

違うことをするとしたら何なのか?

もしくは、ずっと働いたとして

そのあと何をするのか?

年金は大丈夫なのか?

こんなにきままに生きて

将来設計もしてないけど、老後大丈夫なのか?

 

等々・・・・!!!!

 

いつもひとは、

将来のことや過去のことや

心配したり不安になったり

後悔したり反省したり

 

そんなことに心を占められている時間が

すっごく多いように思います。

 

「いま」を見ないで

将来の心配や

過去の後悔をしていることがいかに多いか、

それよりも

「いま」を「楽しんで」「幸せに」生きよう、

 

 

と、心理学でもイメトレでも

それを学んできて

ほおおおお、なるほど、

その通りだな~

と思って

実践してきたつもりだけど

 

でも「50歳」になったとたんに

なんだかそれが逆もどりして

というよりまた新たな不安な気持ちが

生まれてきたような気がします。

 

ほんと、不思議ですよ。

納得して腑に落ちて

わかったつもりで実践して

人生楽しんでいても

 

ふとした瞬間にこうやって

人生はいろんなお試し事が待ってるもんです。

 

けどやっぱり、

 

学んでいるのといないのとでは違う。

 

そういう自分を

客観視して

「わかっている」ってことが

大事なんじゃないかな、と思います。

 

なんとなく感じる不安をずっと抱えて

日々を過ごすことよりも

ああ、今の自分は

不安を感じているんだな、

将来のことを心配しているんだな、

と認識できていると

 

「そうだ、『ま、えっか』と思うことが大事なんやった。

 

とりあえず、

楽しいこと、

わくわくすること、

好きなこと、

それを『いま』やることで

なにか抜け出せるんちゃうんかな。」

 

って、

そう、思います。

そう、思えることと

トンネルの中にずっといること、

 

それは大きな違いちゃうかなって、ね。

 

いろんな不安があっても

「ま、えっか」

 

心配があっても

後悔があっても

「ま、えっか」

 

 

自分は不安なんだなと認識して

それを口に出して言ってみること、

それが、今の自分に大事なことな気がします。

 

「なにが解決してくれるんだろう」って

たいそうに考えるんじゃなくて。

 

そう。

ま、えっか。

私は50歳。

いまを楽しもう。

うそでも作り笑顔でも

笑顔で今日を過ごそう。

 

そうしたらわかること、あるんじゃないかな。

今日が明日、明日があさって、

そして10年後につながるのだから

 

何かを考えなくては

何かをしなくては

何かを見つけ出さなくては、

 

と思わなくても

今日をぼーっと生きてもいいんじゃないか。

 

そんなふうに思えます。

 

ま、えっか。

 

 

オススメです。

 

私もできましたよ、イメージ。

娘のイメトレと夢実現で

まざまざと

学びが本当だったことを目の前で見せられた私ですが

でもね、なかなか。

やっぱり大人はなかなか頭がかたいので

目の前で見せられてもなかなかできんのですね~。

ほんと、これいかに。

 

でもやっぱり、

なんとなくわかってきたこと、はあります。

 

力を入れて

「こうなりたい~!

かみさまお願いします!」

って願いは

なっかなかかなわない。

 

でもそうじゃなくて

「なるようになる。

きっとこうなる。

必ずそうなる。

まぁ静かにみとこ。」

くらいの思いのものが

次々と実現していく、

という今があります。

 

これはほんまにびっくりしますよ。

 

私にとっては

人事異動なんですけどもね。

 

ああ~本当にやりにくい。

ま、まだ来たばっかりやし

ありえないかもしれないけど

でも、どこかほかの部署に行くやろう。

なにも頑張らんでも

必死に上司に訴えなくても

いつか。

大丈夫やわ。

 

紆余曲折があり

気持ちのいろんな山や谷を乗り越えてそんな気持ちになっていたときに

 

本当にありえないことだけど

その相手のまさかの異動辞令。

 

いやまじ、びっくりしましたね・・・・・

 

よく考えてみると、

ここの部署におらんようになること、

というのを自然にイメージできていた気がします。

 

「どこかほかの部署に行ってほしい!お願いやから!」

「ああ、もういやでしょうがない!」

って気持ちのときって

絶対動きはないのだけれど

 

あ、そういうことなのね、

と思ったのを覚えています。

 

ほんでもひとつです。

それが半年前で、

今回もまた異動の時期、

おお~もうほんまにええかげんにしてくれ~

いやでももう定年間近やし

どっか行くやろそんなに願わなくとも。

いつかは。

それまではどうにかこうにか

まともに受け取らずに

なんとなく受け止めてやりすごしたらええやん、

 

と思っていた上司が

 

まさかの異動!!

 

どっちも

「まさかの」だからびっくりなんです。

 

いやほんと、こんなことってあるのね。

 

「もう大嫌いやから!!!

どっかいって!!!!」

と毎日願っていた上司のときは

なっかなか異動もなかったのに(笑)

 

こんなもんなんですね~。

先生のおっしゃってたとおりです。

 

「ガンバロウ!」

「やるぞ!」

「歯を食いしばって!」

って

頑張れば頑張るほど

それは現実から遠のく。

つまりは、脳に

「いまはちがう」

「いまはのぞみどおりではなない」

という現実を言い聞かせてしまうので

脳は

「よっしゃ!それが望みなのだね!」

と思ってしまうのですってよ。

 

「こうなりたい」「こうありたい」

「絶対こうでありますように」

→現実はそうではない。

→「そうではない」ことを望んでいると脳が誤解。

→それが現実になる。

 

ということ。

 

やっぱり、イメージは「完了形」で。

それが完了したときの

それが実現したときのイメージをして

「ありがとう」くらいの完了形で。

 

すると、脳は、

それが実現したときのことを

現実にしようとする。

というわけ。

つまり、

 

「やる気」はいらん、

「その気」だけ!!!

 

ってことです。

 

その気。

これが一番大事なんです、ね。

 

私もできるやん(笑)

そう思ったできごとなのでした。

娘のイメトレ体験④

あとでムスメに

どんなイメトレをしていたのか聞きましたところ、

 

ええええ~!

お布団で

朝晩、そんなに鮮明に

そんなに思い描いて

イメトレしとったんかい!

 

と、びっくりしました。

 

「あのな、ママ、

あの陸上競技場のスタートのところ、

思い浮かべるねん。

ほんで、隣は誰、こっちの隣は誰、

っていうのが1週間前にわかるから

1週間前からは隣にいるその子たちの様子も思い浮かべるねん。

ほんで、まず出発前は

どんな気持ちでそこに立っているか、

見まわすと、知っている顔が隣にもその隣にもいて

そこで

スタートを切る、というイメージをするねん。

 

そして、走っているときにどんな風景が見えて

みんなが応援してくれているのが見えるし聞こえるねん。

ほんで、走り終わったとき、

タイムが出るところを振り返ったら

このタイムが出ている!

というところを想像するねん。

そしたら、めっちゃうれしくて、

友達も「おめでとう!」って言いに来てくれて

 

そのときに何が見えて

どんな音が聞こえて

どんな気持ちになるか。

 

それをかなり細かくな、イメージするねんで。

 

そしたらな、

本当にその通りになってんて!」

 

 

と、言いました。

 

まーじーで。

ってか、そこまで具体的にほんまにイメージしててんね。

ってか、そこまで具体的にイメージ、

できるんや、

という驚き。

そこまで信じ込めるすごさ。

 

私は、娘をほんまに尊敬しましたね、

それを聞いた瞬間。

 

なにがすごいって

ほんと、

そのタイムが出たことがすごい。

イメージしたとおりになったことがすごい。

 

娘は言いました。

 

「でもな、別に普段の練習はいつもどおりやってんで。

だけどな、毎日イメージすることでな、

そのタイムを出すための練習になってたってことなんやろな。

無意識に。

たぶんそういうことなんやろな。」

 

と。

 

もはやこれは実現したひとにしかわからない悟り。

そう思います。

でも、実現したからこそ

その言葉は重い。

 

いや本当に、すごいことだと思います。

 

そう、

イメージは必ず現実化する。

 

私は、娘から学びました。

 

娘のイメトレ体験③

娘がイメトレしていたのは

「陸上の大会で〇〇秒を出してインターハイに行く!」

だったのですが、

 

その陸上の大会がいよいよ行われまして。

私は観にいかなかったのですが

 

帰ってきて娘が言ったひとことに

びっくり仰天してことは言うまでもありません。

 

「ママ!!!

インターハイ、いけたで!!」

 

え、まじで。

 

そんなにすごかったっけ?アナタ。

 

「ほんでなママ、

もっとびっくりすることにな、

イメトレしていたタイムがぴったりそのまま出てん!!!」

 

 

いやなにがびっくりするってこれです。

 

イメトレして、インターハイに行けることになった。

 

これはよくあることかもしれません。

が。

ぴったりのタイムが出るって

それなんで?

それが、何秒か忘れたんですが

「24秒」とかそういうのじゃなくて

「24秒31を出してインターハイに行く」

という目標だったのです。

 

それで、「24秒31」が出せたというのです・・・・・

 

なんでなん。

それ、なになん。

スピリチュアルなん。

神様なん。

 

いや、ほんまにこれはびっくりしました。

イメトレしたら

ほんまにそのままになるよ~

って先生は確かにおっしゃってましたけど、

タイムまで?

何秒なになに、まで?

 

いやもう私の頭の中は

ハテナハテナハテナでした。

なんでよ。

それはなんでなん。

 

いまだに説明できない摩訶不思議です。

 

でも、こんなことって

あるんです。

実際に、私はたぶんどこかで疑っていて

娘が

私に見せてくれたんですね。

ほんまに

想像したら現実化するんやで、

というすごさを。

 

なにか、ほんと、

大いなる意志を感じました。

 

必要なものは必ず目に入るようにできているし、

伝えられなきゃならないことは

必ず耳に入るようにできている。

 

この世は本当に不思議です。

 

でも、たぶん、私が

イメトレの理論に感銘はしても

心の底では

本当には信じ切れていなかった部分を

こうやってまざまざと

見せてもらったんだ、

 

そういうできごとが起こるようになってるんや、

 

と、思いました。

 

いやまじで、すごい。

 

驚きました。

 

イメトレしているときは

そこまで関心もなかったのだけれど

娘のイメトレについて

あとでムスメがどんなふうにしていたのかいろいろ教えてくれて

いや~まじびっくりしましたね。

そんなイメトレしとったんかい!

すごいです。

娘のイメトレ体験②

娘がもう一度行きたい!

と言ったイメトレセミナーに速攻申し込みまして

次の夏休みだったか、開催されていたセミナーに

連れていったのでした。

 

お話も二度目だと

ストンストンと頭に入ってくるようで

ああ、なるほど、そういうことか、と

腑に落ちたこともあった模様です。

 

そしてびっくりしたのは、

そのあとの作文の時間。

前回は何も書けなくて泣いていたムスメが

さらさらさらと・・・

筆を進ませて

なにやら自分の夢を書いたのでした。

 

それを先生にみてもらって

アドバイスをもらうのですが、

「もっとこのあたりを具体的に」

「なりたいじゃなくて、なった、というところで想像してみて」

「そのときあなたはどんな行動をして

どんなものを見てどう感じたか、

そこまで具体的に思い描いて書いてみて」

 

と言われて

また書き直して・・・

 

私は内容を読んでおりませんが、

どうやら、そのときに彼女がめざしていた

陸上の大会について書いたようでした。

 

つまり、特定のタイムを出して

上の大会に行く、

というそういう目標だったようです。

 

このあとです。

娘がすごいな、と思ったのは。

 

普通のひとは、ここまでは、やります。

セミナーに行って話を聞いて

ほおお、そうなのか、と開眼して

文章を書いてみる。

 

でも、そこで終わってしまうひとが

ほっとんど。

めっちゃくちゃ多いのです。

かくいう私もそうです。

 

へええ~すごい!!!!!

と感銘したものの

じゃあ帰って、家で、日常で

「イメトレをしてみたのか?」というと

否。

 

これが大人です。

これが顕在意識です。

 

実は、ひとは、

「このままでいい」

「変わりたくない」

という願望を、

潜在意識の中には持っていて

たった5%の顕在意識が

強烈に「変わりたい!」と意識していたとしても

なかなか行動できなかったりするのは

そういうわけなんですね~。

 

だから、イメトレでも心理学でも

一番大事なのは

「実践すること」

「実行すること」

「動くこと」

「経験すること」

 

もうこれにつきます。

 

で。

娘がすごかったのはここからです。

 

このセミナーから帰ってきたその夜から、

イメトレは、寝る直前と起きた直後がよい、

と聞いていたので、

自分の目標を紙に書いて

寝る部屋の天井に貼り

その夜からイメージトレーニングを始めたのです。

 

天井に貼ってある紙には

「〇〇秒(のタイム)を出してインターハイに行く!」

と書いてありました。

 

それからというもの、朝、晩

娘はこのイメトレを本当に毎日、

続けていくのでした。

 

ある朝、寝起きに話しかけたら

「いま、話しかけんとって!

イメトレしてるから!」

と言われたときにはびっくり。

え、そこまでも???

 

 

たしかに先生は

「起きてトイレいったあとでもだめ。

起きてすぐ。

身体が起き上がる前にすること!」

と言っておられたけど、

 

それを素直に取り入れて

実行する、

ということ。

それが現実となるか

確証はまったくないのに

やってみる、

ということ。

 

このスピリットは本当にすごい。

 

先生は、

「子どもがすごい!」と言ってはったけど、

もう中学生とはいえ

やっぱり

子どもの脳は

私たちの脳よりずっとずっとやわらかいのでしょう。

素直に受け入れて

やってみよう、と思える、

そして実際にやってみる、

その素直さが

きっとイメトレには

めっちゃくちゃ重要なんだと思います。

 

さあそしてこのイメトレが

2、3か月続いたでしょうか。

その後、結果は。

 

驚くべきものでした。

娘のイメトレ体験①

イメージトレーニングを学んでから

これは

これからかなえたい夢や

やりたいことがいっぱいある

子どもたちにも知ってほしい!

と思った私は、

ソッコー、中学生の息子と娘をつれて

親子イメトレの講座に行きました。

 

その中で、

自分の夢や

起こっておしい現実を

文章にして具体的に書く、

という時間がありました。

要は

「なにかになりたい!」というだけでなく

「なにかになった自分」が

どんなものを見て

どんな音が聞こえて

そんな状況の中にいるか、

ということを具体的に書くことで

必ず感情が動くということを体験すること、

また、「書く」という行為によって

何度も反芻できるものとなり

毎日同じイメージができるようになり

より現実にかないやすくなる、

ということなのですが

 

娘は、初めて行ったとき、

この文章が書けなくて。

自分が何を目指すか

何をしたいか、

どんな夢があるか、

が具体的に思い浮かばず

 

泣いてしまったのでした。

 

でも、先生は、

「いいのよ、書かなくても。

書けないからダメということはなくて

書こうと思うものがでてきたときに書けばいいのだから」

 

と言ってくださり、

その日は、何も書かずに

お話を聞いて、終わったのでした。

 

それでも、その話自体に、

 

夢をかなえるのはどうすればいいのかというこ知ること自体に

意味があると思っていたので、

 

それはそれでいいと思っておったのです。

 

でも、帰ってから数か月して

娘が唐突に

「あのセミナー

もう一回行きたいねんけど」

 

と、自分からお願いしてきましてね。

 

ええええ・・・そうなの・・・

あのセミナーは彼女にとって

なにか心に引っかかるものがあったんだな~

と、

うれしいような不思議なような

そんな気がしたのでした。

 

私もそうだけど、

セミナーとか講座は

何が心にひっかかるか

本当にその時しだいで全然変わるので

 

今の自分の状況の中で

なにか心に留まるものがあったのなら

それはやっぱりなにかのきっかけになる。

 

私は、すぐさま、次のセミナーを申し込んだのでした。